先日、二つの出来事があり、写真の意味についてあらためて考えさせられました。
一つは、
遺影の写真を印刷してほしいというご依頼。
もう一つは、
旦那様との夫婦写真を手のひらキャンバスにしたいというご依頼。
一つ目のご依頼は地元のおばあ様からのもの。
遺影の印刷は既にプリントされていてデータなどは無い。
普通プリントで当日中に仕上げて欲しいというご依頼でした。
熊本県にあるショップでは『和紙写真専門』であるため通常受け付けておりません。
ですが、「今日が命日だから、間に合わせたい」
その一言で、私たちはそのご依頼を承りました。
命日のその日にどうしても間に合わせたい写真。
それはなぜだろうと考えました。
手で触れられる一枚。
そこに存在する一枚。
きっと、その人を思い出すために必要だったのかもしれません。
二つ目のご依頼は旦那様との夫婦写真を手のひらキャンバスにしたいというご依頼。
退院した写真嫌いの旦那様を無理やり写真館へと連れて行き撮った写真。
数ヶ月後には亡くなってしまい最後の写真だったそうです。
お家で大切に飾られているけれど、旅行の時にも持って行けるように手のひらキャンバスにしたい。
それがこのご依頼でした。
亡くなった人には、もう会えない。声も聞けない。でも印刷された写真は、その人がそこにいた証拠として、現実の空間に存在し続ける。
デジタルの写真は「見るもの」です。プリントされた写真は「そこにあるもの」です。
この違いは、小さいようで大きい。
写真とは一体何なのでしょう。
子どもの成長。
家族の思い出。
旅行の記録。
写真とは
その人が確かに生きたという証
なのかもしれません。
笑ったこと。
怒ったこと。
一緒に過ごした時間。
写真は動かないのに、写真を見ると、
その人そのものを思い出すことがあります。
いつも撮影役で、お父さんやお母さん自身の写真が残っていない。
「いつか撮ろう」と思いながら、つい先延ばしになっている。
でも、その「いつか」は当たり前にやってくるとは限りません。
だから私は、写真に携わる者として思うのです。
今の姿を。
あなたの大切な人の姿を。
そして、その人が懸命に生きた証を。
どうか残してあげてほしい。
写真って、何なんでしょうね。
みなさんはどう思いますか?

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