先日開催された、熊本市内でのマルシェ。

阿蘇の柔らかな風を運ぶような音楽イベントの傍らで、私たちは出店しました。

ブースに足を止めて購入してくださったお客様。
その中ですぐに和紙に印刷したい写真を選び出せた人が一体何人いたでしょうか?
その結果は、私にとって震えるほどの衝撃だったのです。
すぐにその一枚を探し出せた人は、なんと【0人】でした。
私たちは「思い出」を、スマホという墓場に埋めている。
写真は、かつてないほど身近になりました。
しかし、脳科学の世界には興味深い(そして恐ろしい)報告があります。 「人は、写真を撮った瞬間にその対象を記憶しなくなる」という現象です。
これは「外付けハードディスク(スマホ)」に記録を委ねたと脳が認識した瞬間、脳自身の記憶回路がオフになってしまうから。
つまり、私たちは「忘れないために」シャッターを切っているはずが、皮肉にも撮ることで「忘れる許可」を自分に出してしまっているのです。
「いつでも見返せる」という安心感は、実は「二度と見返さない」という放棄に近いのかもしれません。 1,000枚のデータは、あなたの人生を豊かにしてくれているでしょうか。
脳は、見返すことでしかその記憶を『自分の一部』として定着させることができないから。
私が和紙にこだわるのは、それが『つい、見返してしまう』質感を持っているからです。

スマホの中に数千枚のデータがあっても、いざという時に「大切な一枚」を思い出せないのは、あなたの記憶力が悪いからではありません。
「いつでも見られる」という安心感が、記憶を希薄にし、思い出をただの「記号」に変えてしまった結果なのです。
だからこそ、いま私たちに必要なのは「記録」の量ではなく、「記憶」の質を取り戻すことではないでしょうか。
「選ぶ」という行為は、自分自身へのケリ。
マルシェで必死に画面をスクロールし、数分かかってようやく見せてくださった写真は、どれも愛に満ちたものばかりでした。
お孫さんを見守る優しい眼差し、楽しいひととき。
その一枚をようやく見つけた時、お客様の表情がパッと輝くのを私は見逃しませんでした。
私たちが今すべきなのは、整理することではありません。
膨大なノイズの中から、今の自分にとって、そして未来の自分にとって、「これだけは失いたくない」という一枚を選び抜くことです。
選ぶことは、決断すること。
そして、自分のルーツや誇りを再確認すること。
その「意志」を持った一枚だけが、あなたの人生を支える力になります。
100年先の未来へ、その意志を届ける器。
BONDSが和紙に写真を宿すのは、単なるインテリアを作るためではありません。
あなたの「選んだ意志」を、100年先まで色褪せない格(カタチ)にするためです。
和紙は生き物です。
光の当たり方で表情を変え、空間と共に呼吸します。
デジタル画面の中では死んでいたデータが、和紙という器を得た瞬間、再び体温を持って語り始めます。
マルシェで感じた「0人の衝撃」を、私は忘れません。
だからこそ、私はその「たった一枚」に徹底的に向き合います。
光の加減、和紙の繊維、色の重なり。
お客様が選び抜いた想いに応えるために、納得がいくまで、何度でも微調整を繰り返します。
スマホの中に、大切な思い出を埋めたままにしないでください。
「見られるカタチ」に残すこと。
それが、過去のあなたを慈しみ、未来のあなたを励ます、一番の贈り物になるはずだから。
「いつでも見返せる」という安心感は、いつの間にか「二度と見返さない」という無関心に変わってしまう。 マルシェで出会った多くの方々と対話しながら、私はそのことを痛感しました。
スマホというブラックボックスに思い出を「埋めて」しまう前に。 まずは、あなたのデスクの上に、たった一枚の「質感」を取り戻してみませんか?
プロの現場でも愛される和紙の温かみが、脳を、そして心を、ふっと本来の場所に引き戻してくれるはずです。
[ 記憶を救い出す、最初の一枚。|手のひらキャンバス ]

あなたの日常に、0人ではない「確かな視線」が宿りますように。

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